これまで人間はさまざまなものと戦ってきました。自然災害はもちろん、ウイルスとの戦いもこれが初めてではありません。
ただ、今回の新型コロナウイルスというのは人類史上最大の災害と考えていいでしょう。
最初は他人事だったという方も多いでしょうが、今や日本を含め世界中が新型コロナウイルスに翻弄されています。
経済はもちろん、日々の生活において大きな影響を受けています。そこで、今回はこの新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、人間の災害時の心理について災害心理学の見地から分析してみたいと思います。
デマの拡散について
まず、デマの拡散についてです。
新型コロナウイルスの感染拡大にあたっては、さまざまなデマが流れ、そのデマによって多くの方が影響を受けています。
トイレットペーパーの品薄に関しても、いまだに解消されていないところもあるようです。新型コロナウイルスに限らず、災害時というのはデマが生み出され、そのデマが拡散することが多くなります。
なぜデマが生み出されて、そのデマが拡散されてしまうのかというと、人々の不安が極度に高まっているからです。
新型コロナウイルスの感染拡大では休校措置やイベントの中止、飲食店の廃業など身近なところでたくさんの変化が起こりました。
それでいて先が全く見えないため、余計に不安を抱きやすくなりますし、不安も大きくなりやすい状況にあるのです。
不安が高まっているときというのは、その不安を何かで埋めようとするものです。
例えば、砂漠で喉がカラカラの状態だとしましょう。そういう状態で砂漠をさまよっているときに、水たまりがあったらどうでしょうか。
多少水が濁っていても、飲んでしまうはずです。極端な例ではありますが、不安が高まってデマが拡散するのはこれと同じようなメカニズムなのです。
不安で不安で仕方がないからこその不安を埋めるためにデマが生み出され、同じように不安を抱えている方がそのデマを信じることで不安を埋めようとするのです。
不安も何も感じていないときであれば信じることなく、さらっと流してしまうものでも、不安が高まっているからこそ多くの方が真に受けてしまうのです。
デマの拡散というのは厄介なもので、デマを真に受けない方でも影響を受けることになります。
先ではトイレットペーパーの品薄について触れましたが、買い占め目的ではなく、デマとは関係なしに純粋になくなったからこそ買いに行こうとしたときにデマを真に受けて買い占めをした方のせいで必要な分すらも買えなくなってしまうのです。
今はSNSがあるため、デマの拡散の勢いもすさまじいものになっています。デマは不安が生み出す別のウイルスと言えるのかもしれません。
誹謗中傷の発生について
新型コロナウイルスの感染拡大で誹謗中傷というのも、どんどんひどくなっています。新型コロナウイルスについてちょっとでも引っかかる発言をするとたちまち炎上することがあります。
もともとインターネットの普及とSNSの発達によって誹謗中傷は発生しやすくなっているのですが、なぜ新型コロナウイルスでここまで誹謗中傷が増えているのでしょうか?
それは人々にフラストレーションがたまっているからです。
遊びに行くことができない、家にずっといなければいけない、日々の買い物にも気を遣わなければいけない......現代人ならではの贅沢な部分もあるかとは思うのですが、それでもたまりにたまっているものがあるのです。
フラストレーションがたまるという状態が続くと、人はその原因を自分以外のどこかに求めます。
そこでお鉢が回ってくるのが発言をした誰かであったり感染者であったりするわけです。
もちろん、新型コロナウイルスの原因はあくまでもウイルスであって、この人たちに原因があるわけではありません。
フラストレーションがたまったときは何かしらの方法で工夫して発散させるものですが、新型コロナウイルスの影響でたまったフラストレーションを誹謗中傷で発散させようとしている方がいるのも事実です。
特に、今は強い承認欲求や自己顕示欲を持った方が多いため、それこそ悪者を懲らしめているような優越感に浸ろうとする部分もあります。
ちなみに、新型コロナウイルスによる誹謗中傷の発生というのは、社会で暴動が起こるのと同じようなメカニズムです。ある意味では、これは暴動なのです。
「自分は大丈夫」という正常性バイアス
心理学の用語に「正常性バイアス」というものがあります。
「正常化の偏見」「恒常性バイアス」と呼ばれることもあるのですが、この正常性バイアスというのは新型コロナウイルスの感染が拡大している今だからこその働きが強くなっています。
自然災害などの災害時にも関係してくることなので、これはよく理解しておきましょう。
人間の心というのはとてもデリケートな一方で、鈍感に作られているものでもあります。
というのも、生きていれば予期しない出来事にたくさん遭遇するものです。
ただ、その予期せぬ出来事に遭遇するたびに反応をしていると、疲れてしまいます。そういったストレスを回避するために、心を平安に保つための働きが正常性バイアスなのです。
正常性バイアスによってストレスが軽減されている部分も確かにあるのですが、実はこの正常性バイアスが災害時には悪い方向へと働いてしまうこともあります。
例えば、予期せぬタイミングで命が危険な状態に陥っているのに、心が平安に保たれてしまって危機回避ができなくなってしまうといったことが起こるのです。
災害時の逃げ遅れというのは、この正常性バイアスによるところも大きいと言われています。
新型コロナウイルスの感染拡大というのは、この正常性バイアスによる危機感の欠如というものが招いたとも言えるかもしれません。
少し前までは「自分は大丈夫」と思っていた方は多いでしょうし、今でも思っているという方もいるでしょう。
一部の人々が自分にとって都合の悪い情報を無視し、過小評価してしまった結果が現状であるという認識を持っておいたほうがいいでしょう。
ただ、だからといって正常性バイアスそのものが悪いというわけではありません。
正常性バイアスは正常性バイアスで必要なものですし、それが今回のようなケースなどの災害時にマイナスに働くことがあるというだけの話です。
正常性バイアスがマイナスに働いてしまうのを防ぐために必要なのは、訓練と想像力です。
火災や自然災害などに関してはやはり日頃から訓練をしておくことで、非常時にも状況を正確に把握し、きちんと動けるようになります。
ただ、新型コロナウイルスの感染に関しては訓練というよりも、想像力の問題です。
「この状況でのんきに旅行をしていたら感染する可能性がある」という当たり前の想像力を働かせることが大事です。
他の人に合わせてしまう同調性バイアス
先では正常性バイアスについてお話しましたが、もうひとつ「同調性バイアス」というものがあります。
「同調バイアス」「多数派同調バイアス」「集団同調性バイアス」と呼ばれることもあるのですが、これは周りの人と同じ行動をとることが安全と考える心の働きです。
特に、日本人はこの働きが強い部分があるのかもしれません。
同調性バイアスに関してはいくつもの実験がなされているのですが、本来であれば迷うことなく逃げるべきシーンでも周りが逃げないから自分も逃げないという選択をする方が圧倒的に多いのです。
火災による煙が充満しているのに周りが逃げないからと大人しくその場で待機して、結果的に死者が増えてしまうというケースもあります。
新型コロナウイルスの感染が拡大している中でも、一部の娯楽施設に人が集まったり、旅行に行ったりする人が出てくるのは「みんながしているから大丈夫」という同調性バイアスによる部分もあるのかと思います。
もちろん、依存症などの病気であったり、単純に何も考えていなかったりする人もいるでしょう。
新型コロナウイルスを含めた災害時というのは、先の正常性バイアスとこの同調性バイアスによって正常な判断ができなくなってしまうというケースがとても多いと言われています。
正常性バイアスと同じように、同調性バイアスそのものが悪いというわけではありません。
現に同調性バイアスというのは、非常時に一致団結して助け合うということにもつながってきます。
ここでも想像力が求められるかと思いますので、日頃から想像力をしっかりと働かせて同調性バイアスでマイナスの方向へと進まないようにしていきたいところです。
パニックを回避するための情報隠匿がパニックを引き起こす
新型コロナウイルスの感染拡大にあたって、出てくる情報の少なさに疑問を持っていた方も多いかと思います。
専門家ではない一般の方でもいまだに「この数字はおかしいんじゃないか?」「ここの数値が出てこないのはなぜ?」といった疑問で頭がいっぱいになっているのではないでしょうか?
一概には言えない部分もあるのですが、新型コロナウイルスのような大きな問題が発生したときにあえて情報を隠匿するというケースは少なくありません。
もちろん、その中に都合の悪い情報があるから隠すということもあるでしょうが、一応建前としてはパニックを回避するためとも言われています。
極端な言い方をすると、大変なことが起こっていてもそれを誰も知らなければいつも通りの生活を続けていくことができるわけです。
時間が経過して何かが起こっていると気づくこともあるかもしれませんが、知らなければ知らないままで普段通りに過ごせるのです。
何かが起こっているときに知ってしまうと、パニックに陥ってしまうという考え方は昔からありました。
だからこそ、表に出す情報を吟味し、情報量を調節してきたわけです。
ただ、そのあたりの考え方は少しずつ変わってきて、何かが起こったからといって人々はそう簡単にはパニックに陥らないと言われるようにもなっています。
パニックに陥らないというのは、正常性バイアスや同調性バイアスによるところも大きいでしょう。
それなのにもかかわらず「情報を出すとパニックになる」と決めつけて、情報を隠匿するという風潮がいまだに根強く残っているのです。
そして、逆にその情報の隠匿によってパニックが引き起こされているというケースもあります。
改めて考えてみると、何かが起こっているのは確実なのに情報が出てこないという状況のほうが恐怖や不安というのは大きくなるものです。
ましてや情報を発信している側への不信感があれば、その恐怖や不安というのは大きくなっていく一方です。今の日本は、そういう意味で悪循環に陥っているのかもしれません。
大変なときこそ冷静に
新型コロナウイルスの感染拡大で大変な思いをしている方は本当に多いのですが、大変なときこそ冷静になりましょう。
情報を吟味し、自分の言動がその後どのような影響を与えるのかということを考えれば、何をすべきかが見えてくるはずです。
確かに非常時だからこその心理的な働きもありますが、それに抗えないわけではないのです。こういった心理を理解した上で、改めてひとりひとりが自分の言動というものを見つめ直していきたいものです。
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